2011年08月13日

ユーストリームと死生観

昨晩、初めてユーストリームで映像配信をしてみた。友人がやっていたので影響されたのだ。流した内容は屁でもない、友人とのダラダラトーク。よく飲み会の朝方にやってくるアレである。
録画していた映像を見てみた。
自分が思った以上に前歯が出ていて醜い為、削除させていただいた。またユーストする機会があればマスクをしようと思う。
不細工な顔を晒してしまって死ぬほど恥ずかしい。というかこれで毎日過ごしていることを認識すると恥ずかしい。


さて、「死ぬほど」と表現したが、死んだらどうなると思う?

私は死後の世界があって死んだらそこに行くと思っている。
死後の世界を見られる力がないので詳細不明だが、漠然と死んだら「そこ」に行くと思っている。
そういう考えは一般的ではないかと思っていたのだけど…ダラダラトークをした友人に問うてみた。
死後の世界は存在するのか???

友人たちは「無」になる派だった。
私はびっくりした。「無」になる派は少数だと思っていたのに…!

『無ってなんなのさ!無くなるってこと?』
『うん』
『じゃあ、今ある意識とか気持ちとかは脳という物質が科学的に動かしているということか?』
『うん』

ふがーっ!
とまぁ、理屈をこねようとしたけれど彼ら彼女らを納得させる論理はなく。

みんなが帰ったので(朝)なぜ自分は死後の世界があると思うかについてめぐらせてみる。
うーん、そう思うから。っていう理由が一番。
幼いころからの宗教観によるのかなぁ。

死んだら「無」終わり。何にもないよ。って思ったら死ぬのが怖すぎるんですけれど!!!
死んだ後も魂となり次のステップに進むと考えた方がその怖さは少し薄れるじゃないのよう。
死んだら終わりならば、生きてる意味ってなんですかー!いや、意味はないのか。
食うために働き、他人と摩擦しながら生きていく。ねぇ、しんどくてめんどくさいことも多いよ。
でもそれが苦行。修行であると。その意見は賛成なのさ。
毎日繰り返しでなんだかなー。少しの楽しみのために平日を流す。ハッピーエンド求めすぎ回路は切断した方がラクだね。

にしてもだよ。
宗教に偏りがあるメンバーだったらこの手の話はできないと思うんだけれど、そうではないので有意義なのよね。
反対意見言われるとイラッとするんだけどさwありがたいことだ。

あー眠い眠いぞ。

Chie

※哲学的な話に参加しなかった二人↓
CA3G0082.jpg



posted by TROPEN at 09:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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